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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)1835号 判決 1987年1月16日

原告

杉浦良子

ほか一名

被告

永松運送有限会社

ほか一名

主文

一  被告らは各自、原告杉浦良子に対し金二五九万一五〇〇円及びこれに対する昭和五七年八月三一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員、原告杉浦明菜に対し金七〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月三一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対するその余の請求を破棄する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告良子、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1(一)  主位的請求

被告らは各自、原告杉浦良子に対し金七〇〇万円およびこれに対する昭和五七年八月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員、原告杉浦明菜に対し金七〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月一〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  予備的請求

被告永松運送有限会社は原告両名に対し各金七〇〇万円及びこれらに対する昭和五七年八月一〇日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告杉浦良子(以下「原告良子」という)は、亡杉浦道男(以下「亡道男」という)の妻であり、原告杉浦明菜(以下「原告明菜」という)は原告良子と亡道男の間の子であり、亡道男には原告明菜の他に子はいない。

亡道男は被告永松運送有限会社(以下「被告会社」という)の元従業員であり、被告永松勝は被告会社の代表取締役である。

2(一)  亡道男は昭和五七年五月二五日岡山市の国道上で発生した交通事故(以下「本件事故」という)により同日死亡し、原告らが亡道男を相続した。

(二)  原告良子は本件事故により大正海上火災保険株式会社(以下「大正海上」という)から原告らに支払われる死亡保険金一四〇〇万円の保険金請求及び代理受領について、被告らに欺罔されて被告会社宛の委任状に押印をしてしまつた。

(三)  被告らは昭和五七年八月九日右保険金を代理受領し費消して原告らに返還しない。

(四)  原告良子が大正海上に対する保険金請求及び代理受領の委任状に押印したのは、被告らが右委任状は事故の相手方である富永敏博から損害賠償請求がきたときそれを防ぐための委任状であると欺罔したからであり、保険金請求に使われるとは知らなかつた。

原告良子が、本件委任状が大正海上に対する保険金請求に使われることを初めて知つたのは昭和五七年八月四日に大正海上の従業員土井からの電話によるものである。

原告良子があわてて被告会社代表者の妻に電話すると、「今後は見舞金を原告らに渡すから保険会社には何も言うな」と言われ、そのまま保険金は大正海上から被告らに支払われてしまつた。

仮に原告らが、被告らに保険金の代理受領について権限を与えたとしても、右保険金を費消、流用することについては被告らに権限を与えていないから、被告らは本件受領保険金を横領したものである。

3  (予備的)

(一) 原告らは被告会社に対し、大正海上から原告らに支払われる死亡保険保険金一四〇〇万円の保険金請求及び代理受領について委任した。

(二) 被告会社は昭和五七年八月九日右保険金を代理受領したが、原告らに返還しない。

4  よつて主位的に被告ら各自に対し不法行為による損害賠償金として原告良子は金七〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月一〇日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、原告明菜は金七〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月一〇日から完済に至るまで前同年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に原告らは被告会社に対し受領保険金各七〇〇万円及びこれらに対する昭和五七年八月一〇日から完済に至るまで前同年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項の事実は認める。

2(一)  同第2項(一)の事実は認める。

(二)  同項(二)のうち、「右事故により原告良子が大正海上から支払われる死亡保険金請求の代理受領について被告会社宛の委任状に押印したことは認めるが、「被告らに欺罔された」という点は否認する。

(三)  同項(三)につき、被告会社が昭和五七年八月九日右保険金を代理受領し、原告らに返還しないことは認める。但し「被告らが右保険金を費消した」との点は否認する。

(四)  同項(四)の事実は否認する。

3  同第3項の事実は認める。

三  被告らの主張及び抗弁

1(一)  本件事故は亡道男の居眠り運転か、前方不注視の一方的過失により富永敏博の運転する大型貨物自動車に追突した事故である。

亡道男は業務中家族の同乗が禁止されているのに被告良子を同乗させていた。

(二)  亡道男の勤務は苛酷なものではない。

亡道男は昭和五七年五月二三日(日曜日)は休暇をとり、翌二四日の朝出勤して午前一〇時ころに積荷してから一旦休み、同日午後四時ころ広島に向けて出発した。

2  原告らに支払われた自動車保険金一四〇〇万円は、被告会社が大正海上との契約により運転者の自損事故により当該運転者が死亡したときに支払われる保険金である。

被告会社は、原告良子に対し「右保険金の請求受領等につき、代理人として受任すれば受領保険金をもつて本件事故被害者らの損害賠償に充当し、残余があれば原告らに返還する」旨説明し、原告らの了解を得て委任状等の提出を受け、次記3の損害賠償金や立替金に充当したものである。

3  本件事故のため、被告会社は次のような損害をこうむつた。

(一) 荷主に対する荷物の破損、延着による損害賠償金 八九二万円

(二) 被告会社所有車両のスクラツプ化による損害賠償金 三八〇万円

(三) 富永敏博運転者の修理代金中被告会社支払分 六六万円

(四) 死体処理料、治療費等 七万〇五八〇万円

(五) 帰台手数料 二二万六〇〇〇円

(六) 同運転手心付 一万円

(七) 現地における原告良子食事代 一万円

(八) 事故処理のための被告会社交通費 五万九四〇〇円

(九) 葬儀費 五七万九〇〇〇円

(一〇) 葬儀時食事代 三万円

(一一) お布施代 一五万円

(一二) 事故車のレツカー代 八万円

(一三) 富永敏博の葬儀の香典等 一五万円

(一四) ガードレール損料 六万九五二〇円

4  被告会社は前項の損害賠償請求権を自働債権として、原告らに対する受領保険金一四〇〇万円の返還債務と対当額において、そのころ相殺した。

5  被告会社は貨物運送業を営んでいるが、保有する自動車が約一二台、従業員約一二名である。

亡道男が被告会社に就職したのは昭和五七年三月である。

6  亡道男運転車両につき本件自動車保険をかけ、保険料を支払つていたのは被告会社であり、亡道男や原告らではない。本件保険の被保険者は被保険自動車の保有者又は運転者となつており、亡道男が右自動車を運転乗務していて本件事故により死亡したから、死亡保険金が亡道男の相続人に支払われることになつたものである。

四  被告らの主張及び抗弁に対する反論

1  被告らの主張及び抗弁第1項について

亡道男は事故前日である昭和五七年五月二四日午前七時から被告会社の業務で大阪へ荷物を運び、帰つてきたのが同日午後三時ころであり、そして再び広島へ荷物を運ぶ業務のため、すぐ出発したものであり、その途中である同月二五日午前二時岡山市で本件事故にあつた。

亡道男は疲れているから事故防止のため原告良子に同行を求め、原告良子は妊娠中であつたが事故防止のため初めて同乗したものである。

被告会社の亡道男に対する過重労働指令が、本件事故の大きな原因の一つである。

2  同第2項は争う。

3  同第3項について

(一) 荷物の破損延着による損害賠償金中、実際に破損したコーン油二本分四二万四〇〇〇円以外は本件事故と因果関係はない。

(二) 車両のスクラツプ化による損害賠償金については、被告会社所有車両は本件事故当時、既に中古車(昭和五三年三月登録)であるから、中古車価格を超える新車価格は本件事故と相当因果関係がない。

(三) 富永運転車両の修理代金

被告会社自身も右富永に対し民法七一五条の責任があり、その修理代金全額を原告らに請求することはできない。

亡道男は本件追突直前にハンドルを右に切つたので、富永運転車両の破損は小破であつた。

(四) 同項(四)ないし(一三)について

(四)死体処理料、治療費、(五)帰台手数料、(六)運転手心付、(九)葬儀費、(一〇)葬儀時食事代については、本件事故が被告会社の業務執行中になされたものであるから、被告会社が当然負担すべきものである。

(八)事故処理のための被告会社交通費、(一二)事故車のレツカー代も被告会社が負担すべきものである。

(一三)右富永への香典は被告会社が独自に出したものであり、原告らが負担する理由はない。

4  同第4項は争う。

主位的請求(不法行為に基く損害賠償請求)に対しては相殺は許されない。

5  同第5項について、被告会社が貨物運送業を営んでいることは認めるが、被告会社の従業員は一五名であり、保有貨物自動車は一五台近くある。

第三証拠

本件記録の調書中の各書証目録、各証人等目録の記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因第1項(当事者の身分関係)、同第2項(一)(本件事故の発生及び相続)及び本件事故により原告良子が大正海上から支払われる本件死亡保険金一四〇〇万円の保険金請求及び代理受領について被告会社宛の委任状を押印したこと、被告会社が昭和五七年八月九日右保険金を代理受領したが、原告らにこれを渡していないこと、請求原因第3項(予備的請求原因)は当事者間に争いがない。

証人永松扶佐子の証言及び成立に争いのない甲第四号証、弁論の全趣旨によれば、被告の主張及び抗弁第6項(本件保険の加入者、保険料支払者、被保険者等)の事実が認められる。

二  原告杉浦良子の本人尋問の結果及び成立に争いのない乙第一二号証の一、原本の存在及び成立に争いのない乙第一二号証の二、三、成立に争いのない甲第一、第二号証によれば、次の事実が認められる。

亡道男は、請求原因第2項(一)記載の年月日の午前二時二〇分ころ岡山市乙多見八二番地先国道二号線上において、被告会社所有の普通貨物自動車(名古屋一一う四九二二号)(原告良子同乗)を時速約四五キロメートルで運転走行中、前方に対する注視を怠つたため、前方の富永敏博運転の大型貨物自動車(タンクローリー・横浜八八か五九六四号)が信号待ちで停止したのに気付くのが遅れ、自車前部を右富永運転車両後部に追突させ、さらに道路右側のガードレールに衝突し、亡道男は脾臓及び胸部大動脈破裂による出血により同日ころ岡山市内の原尾島病院で手術を受けたが、そのかいもなく昭和五七年五月二五日午前八時死亡した(これが本件事故である。)。本件事故現場付近道路は非市街地で、路面は平坦で乾燥しアスフアルト舗装され、直線道路で見とおしはよく、夜間路上照明はなくて暗く、速度制限四〇キロメートル毎時、追越しのためのはみ出し禁止、駐車禁止との交通規制がなされていた。

三1  成立に争いがない甲第一四、第一五号証及び証人永松扶佐子の証言、原告良子の尋問結果(後記措信できない部分を除く)を総合すると、次の事実が認められる。

被告会社代表者の妻永松扶佐子は被告会社代表者の使者として、亡道男の葬式が終り、保険金を請求する話が出てから、保険会社代理店をしている心明と共に原告良子方を訪れ、同原告に対し、自損事故による保険金を請求するため、被告会社宛の委任状を書いて欲しいと依頼し、更に「事故の相手方や荷主などから損害賠償請求があつたときは被告会社が交渉する。本件事故により生じた相当な損害賠償金額を右受取保険金から差し引きその支払に充当し、その残額を返す。」旨説明し、原告良子はこれを了承し、大正海上から支払われる保険金の請求及び受領代理を被告会社に委任する旨の委任状(乙第一四号証)に署名押印した。

そのころ、原告良子は原告明菜を懐胎中であつたため、原告良子は「本件事故に伴う亡道男の受けた損害につき胎児の損害賠償請求並びに受領については親権者である原告良子が代理して行なうので、今後本件に関しては原告良子が一切の責任を負う」旨の念書(乙第一五号証)に署名押印し、被告会社に渡した。

2  原告らは、「本件保険金の請求及び代理受領の委任状等に押印したのは、被告から、右富永との損害賠償交渉についての委任状であると欺罔されたからだ」と主張するが、成立に争いのない乙第一五号証及び原告良子の尋問結果によれば、原告良子は結局、被告会社に対し本件保険金の請求及び受領代理を委任したものと認められ、原告らが本件保険金請求及び受領代理委任について被告らから欺罔されたとの主張は理由がない。

3  前記認定事実によれば、原告良子と被告会社とは、本件保険金の請求・受領代理委任の際に、本件事故と相当因果関係ある損害金中亡道男の相続人が負担すべき金額を本件受取保険金から差し引き、その支払に充当し、その残額を原告良子に返還することを合意したものと認められる。

四  被告会社代表者兼被告本人永松勝の尋問の結果、承認永松扶佐子の証言(後記認定に反する部分を除く)及びこれらにより真正に成立したと認められる乙第一、第三ないし第一一、第一六号証、成立に争いのない甲第五号証によれば、次の事実が認められる。

1  被告ら(被告永松勝は被告会社の代表者として)は、前記被告らの主張及び抗弁第3項(三)ないし(一四)記載の各金員を支払い、昭和五七年八月三一日以前にこれらの金員(二〇九万四五〇〇円)及び同項(二)の内金二九八万五五〇〇円を本件受領保険金から差し引き、その支払に充当し、昭和五七年八月三一日に同項(一)記載の金員(八九二万円)を本件受領保険金から愛経流通有限会社に支払い、これを費消した。

被告会社、同代表者兼被告永松勝の右各支払金(立替金損害金)及び前記被告の主張及び抗弁第3項(二)の損害金のうち本件事故と相当因果関係があるのは次記2のとおりである。

2(一)  本件事故により亡道男の運転する自動車に積んでいたコーン油ドラム缶が二本破損して四二万四〇〇〇円の損害が生じ、右荷物延着のため荷主の損害として一四四万円の損害が発生し、被告会社は右金員を荷主に支払つた。

被告らは、本件事故によりコーン油ドラム缶二〇本全部が荷主に引き取つて貰えなかつたとして右二〇本全部の代金を損害として本件受領保険金から差し引くべきであると主張するが、右ドラム缶中二本を超える部分についてはこれが破損し、使用不能ないし価格減少したと認めるに足る証拠はない。

また荷物納期延着による工場停止損害中製造原価ロス三二四万円については、被告会社代表者自身その内容の説明ができず、結局、本件事故と相当因果関係ある損害と認めるに足りない。

(二)  本件事故により被告会社所有の普通貨物自動車(名古屋一一う四九二二号―初度登録昭和五三年三月)が破損(ほぼ全損)したが、同車両の本件事故直前の時価は約六〇万円であつた。

被告らは右車両の新車購入相当代金を損害として主張するが、本件事故直前における右車両の時価を超える部分は、本件事故と相当因果関係ある損害とは認められない。

(三)  本件事故により富永敏博運転車両(タンクローリー)が破損し、その修理代金中対物保険で填補されなかつた金六六万円を被告会社が支払つた。

原告らは「亡道男は追突直前に右にハンドルを切つたため、右富永運転車両の破損は小破であつた」と主張し、前記乙第一二号証の三によれば、亡道男運転車両が右富永運転車両に追突後、対向車線に進出し、対向車線のガードレールに衝突したことは認められるが、前記乙第七号証及び承認永松扶佐子の証言によれば、本件事故により右富永運転車両は車両後部損傷の他タンクから燃料がうまく出なくなり、そのため修理代金が対物保険填補額を六六万円上回つたことが認められ、右修理代金損害は本件事故と相当因果関係があると認められるから、結局、原告らの前記主張は採用できない。

(四)  亡道男の死体処理料・治療費、原告良子の治療費

本件事故により亡道男は原尾島病院で治療を受け、その後死亡し、原告良子も同病院で治療を受けたが、亡道男の死体処理料、治療費、原告良子の治療費として合計七万〇五八〇円を要し、これを被告会社が支払つた。

(五)  亡道男の帰台手数料

亡道男の遺体を原告ら方へ運ぶため帰台手数料として二二万六〇〇〇円を要し、同運転手心付として一万円、現地における原告良子らの食事代として一万円を要したが、これらを被告会社が支払つた。

(六)  事故処理のための被告会社交通費

本件事故処理のため被告会社従業員が本件事故現場等へ赴き、その交通費として五万九四〇〇円を要したが、これを被告会社が支払つた。

(七)  亡道男の葬儀費

亡道男の葬儀費用として五七万九〇〇〇円、葬儀時の食事代として三万円、お布施代として一五万円を要したが、これらを被告会社が支払つた。

(八)  事故車のレツカー代等

本件事故により被告会社車両(亡道男運転)を岡山日野自動車まで運ぶことが必要となり、そのレツカー代(振込手数料を含む)、その際の荷物つめかえ作業費として八万円を要したが、これを被告会社が支払つた。

(九)  ガードレール損料

本件事故により国道ガードレールが破損し、その修理代として六万九五二〇円を要したが、これを被告会社が支払つた。

(一〇)  なお被告らは相手方運転手富永敏博(本件事故後一か月後に死亡)に対する葬儀香典等金一五万円を損害として主張するが、右富永の死亡が本件事故と相当因果関係があると認めるに足る証拠はない。

(一一)  以上(一)ないし(九)認定の各金額を合計すると、

42万4000+144万+60万+66万+7万0580+22万6000円+1万+1万+5万9400+57万9000+3万+15万+8万+6万9520=440万8500(円)

となる。

五1  被告会社代表者兼被告本人永松勝の尋問の結果、証人永松扶佐子の証言によれば、次の事実が認められる。

被告会社は貨物運送を業とする会社であり、従業員は一五人位、本件事故当時のトラツク保有台数は一二、三台であつた。亡道男は遅くとも昭和五七年三月からは被告会社で勤務している。

被告会社はふだんから亡道男ら運転手に対し安全運転や車の点検をきちんとするよう指導していた。

昭和五七年五月二三日は日曜日であり、亡道男は同日休暇をとり、勤務をしていない。

同月二四日は亡道男に広島へ行く仕事があることが予めわかつていたので、被告永松勝は午前中自分で名古屋市内を回る仕事をし、その間亡道男は休けいしていた。

同日午前一一時ころ被告永松勝が帰つて来た後、亡道男が同被告と交代して被告会社事務所から貨物自動車に乗つて愛知県知多にある王子コーンスターチ(会社)に行き、同所で同コーンスターチ会社の人達と一緒にドラム缶を貨物自動車に積み込み、同日午前三時三〇分ころ、被告会社の本社事務所に着いた。

その際、亡道男が貨物自動車に原告良子を同乗させていたが、助手以外は貨物自動車(トラツク)に同乗させてはならないという規則があつたので、被告会社代表者永松勝が亡道男に対し「原告良子をトラツクから降ろし、バスで帰らせなさい」と指示したところ、亡道男は「原告良子を間違いなくバス停で降ろす」旨答えて発車した。しかし、亡道男は結局、これを実行しなかつた。

2  原告らは本件事故発生について「亡道男は、本件事故前日は早朝午前七時から被告会社の業務で大阪へ荷物を運び、帰つてきたのが午後三時ころであり、再び広島へ荷物を運ぶ業務のためすぐ出発し、その途中本件事故が発生したものであるから、被告会社の過重労働指令が本件事故の原因となつている」と主張し、右主張に添う原告良子の尋問結果は存するがその内容はあいまいであり、根拠に乏しい。

他方、この点についての、被告会社代表者の尋問結果、証人扶佐子の証言は具体的かつ合理的であつて信用性が認められ、これらによれば、前記のとおり、被告らは本件事故前日の午前中に亡道男に対し、大阪行きの仕事をさせたり、その他本件事故発生に原因を与えるような過重な労働を指令したことはないと認められる。よつて原告らの右主張は採用できない。

その他前記四2認定の損害金につき亡道男の相続人の負担額を減少させるべき事情を認めるに足る証拠はない。

3  以上によれば、被告らは(被告永松勝は被告会社の代表機関として)代理受領した本件保険金を昭和五七年八月三一日には費消したことが認められ、右費消金のうち前記四2(二)認定の金額部分について原告良子関係においてはその費消に故意、過失、違法性は認められないが、右四2(二)認定金額を超える部分については、「これが本件事故と相当因果関係がある損害であつて亡道男の相続人が負担すべきものであり、これを本件受領保険金から差し引ける」と信ずるにつき過失があるから、前記四2(二)認定金額を超える部分の費消については違法であり、被告らに過失があると認められる。

4  なお成立に争いのない乙第一三号証によれば、亡道男の遺族に対し労働災害補償保険から遺族補償年金一〇八万〇六〇〇円(但し昭和五七年一一月分から年金額一三六万三二〇〇円)、遺族補償特別支給金三〇〇万円、葬祭料四二万三七八〇円が支払われていることが認められるが、これらを、被告会社の本件代理受領した保険金中返還すべき金額から差し引くべき理由はない。

六1  原告明菜(昭和五七年一〇月二二日生)は、(一)原告良子が被告会社に対し本件受領保険金から本件事故と相当因果関係があつて亡道男の相続人が負担すべき金額を差し引きその支払に充当することを認めた時点及び(二)被告らが本件受領保険金を費消した時点において、それぞれ未だ出生していない。

従つて、右(一)の原告良子のなした承諾は原告明菜に対し効力を有せず、本件事故と相当因果関係があつて亡道男の相続人の負担すべき損害は、右(一)の承諾をし、前記念書(乙第一五号証)を作成した原告良子が支払いを受けるべき保険金額部分からこれを差し引くべきことになる。

なお被告の主張及び抗弁第4項記載の相殺の意思表示が原告明菜に対し有効になされたと認めるに足る証拠はない。

2  原告らはその相続分に従い、本件保険金一四〇〇万円の各二分の一である各金七〇〇万円の請求権を取得したが、原告良子についてはこれから本件事故と相当因果関係があつて亡道男の相続人の負担すべきもの(前記四2(一一))を差し引いた金額を被告ら各自に請求でき、これを計算すると、

700万-440万8500=259万1500(円)

となり、原告明菜は被告ら各自に対し金七〇〇万円の支払請求をなしうることになる。

七  以上によれば、原告らの本訴請求は、原告良子が被告ら各自に対し金二五九万一五〇〇円及びこれに対する昭和五七年八月三一日(本件保険金費消日)から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、原告明菜が被告ら各自に対し金七〇〇万円及びこれらに対する前記昭和五七年八月三一日から完済に至るまで民事法定率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容すべきであり、原告らの被告らに対するその余の請求は理由がないから棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 神沢昌克)

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